精神科医は腹の底で何を考えているのか
春日武彦 著 /
精神科医という立場は、まことに便利である。
心の闇を知り、精神の歪(ひず)みに精通している専門家。
そのような世間一般の錯覚を利用し、社会論評にも文学にも、哲学、思想、それぞれのフィールドでちゃんと末席を用意してもらえる。
精神科医の仕事はまことに美味である…
しかし、実際の現場では、様々な精神科医が存在し、「業界」内の格差(金銭面も含め) には極端なものがある。
ここでは、そんな「心の闇」と日々格闘し、右往左往する100人に及ぶ精神科医たちの姿が語られる。
何を基準に処方しているのか、毎回大量の薬を与え続け、満足する医師。
もはや自分が一介の精神科なのか、人生の達人なのか、プチ神様気分の医師。
自己主張しない患者を、手のかからない便利な患者と見放す医師。
赤ひげ医師、タレント医師、世間知らず医師、などなど、裏も表も建前も本音も全てリアルに語られる。
精神疾患には、症状の現れ方や経過において、典型的なパターンが存在し、そのパターンに患者の状態が、遅かれ早かれ合致するのかどうかを見定めるのが診断である。
その「心の病んだ人たちの物語」は百程度に別れ、精神科医はそれぞれの物語から「狂気」を日常から取り除くことに勤める。
逆に患者は、「妄想」という物語を自分の人生に導入することによって、やっと世界を納得することが出来る。
けして自分の中に異変が生じたわけでなく、自分の周囲に何か不穏な事態が起こっていると考える。
さて、この物語の結末には終わりはない。
精神疾患には一般的な「治る」という考えはない。
例えば、風邪ならば薬を飲めば、完全な健康体に戻る。
しかし、精神疾患には完全に元に戻ることはない。
症状を安定することはできるが、その安定が永久的に続く保証はない。
この「安定」こそが「治る」ということとも言える。
しかし、考えてみれば、人にはそれぞれ心の弱さや不安や恐怖など、大小あれど抱えて生きていくもの。
それをいかに安定して保っていくかが、大切なことであって、少しぐらいは自分の物語の世界で生きていくくらいが、きっと楽なのかもしれない。
★ハッとしてグッとポイント★
精神科医領域には、病気そのものにおいても、治療や対応においても、言葉にすることの難しい、曖昧かつ含みのある事柄が非常に多いものである。
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