身の上話
佐藤正午 著 /
実に巧妙な語り口である。
主人公は、書店に努める20代の女性ミチル。
出張で来ていた不倫相手の帰りを見送るために、昼休みに会社を抜け、東京行きの飛行場へ。
そのついでにと会社の同僚から宝クジを買ってきてと頼まれて購入する。
その後、見送るだけのはずだったミチルは、不倫相手の後を追い、東京へと旅立っていく。
先行きが不透明なまま東京へと降り立ち、ふと宝クジを確認すると、2億円の当選クジが手元に残っていた。
人間にとって秘密を守ることは難しい。
例えばひとりでも、誰かに当選したことを話したなら、そこから少しずつ噂が広まっていくのは避けられないだろう。
高額当選をひた隠しにし、新たに生活を始めようとするミチルに、次第に忍び寄る疑惑の眼差し。
この2億円を手に悠々自適に暮らすはずだったミチルの生活が、ある事件をきっかけに次第に狂い始めるー
と物語は続くのだが、その語り口が実に巧みで秀逸である。
このミチルの「身の上話」をするのが、ミチルのその後の夫である人物(不倫相手ではない)で、語り始めはともかく、物語り終盤になるまで、その人物の詳細は明らかにならない。
ミチルの身に降りかかる予測し難い事件や災難の数々を、淡々と冷静な眼差しで語る様が、逆に薄ら恐ろしい。
そもそも何故将来の夫が、この「身の上話」を語らなければならないのか。
また、物語り終盤、ミチルの「身の上話」から夫の「身の上話」へと物語がシフトする構成は見事としか言いようが無い。
読ませる力のある作家さんだ。
また、次の作品も読もう。
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