凍 とう
沢木光太郎 著 /
みなさんは、山野井泰史(やまのいやすし)という登山家をご存知だろうか。
山岳専門雑誌のアンケートで、最強のクライマーとして必ず名前が上がる人物。
世界的名声を得ながらも私たちに馴染みがないのは、メディアにその姿を現さないからだ。
またスポンサーなども募らず、自分の好きな時に好きな山をただ登るために、慎ましい生活をおくる。
築年数の経った平家に住み、かまどで飯を炊き、畑で採れる食物を食す。
山岳ガイドや講演等で蓄えた資金を元に次の登山計画に入る。
過去に一度NHKから登山記録を撮りたいとオファーがきた。
NHKの希望する山は世界最高の名峰エヴェレスト。
誰もが知っている山だ、当然注目度も増す。
しかし、山野井は即そのオファーを断る。
「登れると分かっている山だから」
山野井が登る山は、前人未到の山。
まだ誰も足を踏み入れない、踏破されていない山、壁。
「八千メートルという高さは、必須なものではない。それ以下でも、素晴らしい壁があり、そこに美しいラインを描いて登れるなら、その方が遥かにいい」
山野井の登山スタイルは、アルパインスタイル。
可能な限り軽量な荷物で、一気に登り降りてくる短期決戦型。
極地法と呼ばれる、ポーターに荷物を運ばせ、多数で挑むスタイルとは対極にある。
山野井は多数での登山スタイルを好まない。
全て自分の判断で、感覚で、身体で、精神で挑みたい。
2002年、次に向った山が、ヒマラヤの難峰ギャチュンカン。
妻の妙子(たえこ)も同伴者として登ることとなる。
妙子もまた世界屈指の女性クライマーだ。
ほぼ垂直の氷壁。
氷点下40度。
酸素濃度は地上のわずか3分の1。
4日以上の滞在が限界とされる高所での9日間の苦闘。
美しくも厳しい氷壁に挑み始めた時、ふたりを待ち受ける壮絶な闘いは想像を絶するものだった。
下降中に雪崩に遭遇し、七千メートル地点で、妙子がロープで宙釣りになり意識を失う。
ロープで繋がれた妙子の後を追う山野井。
意識が朦朧とし、視力が失われていく中、ハーケンを打とうとするが、正確に打てない。
手袋を外し、手探りで岩壁を触り、感覚で、打ち抜く。
さらけ出した手の指が、凍傷で一本一本失われてく。
生きていろ!妙子!
今そっちに行く!
美しき壁は、死の壁へと変わり、生と死が限りなく切迫する中、試されるふたりの絆ー
絶対的状況下で浮かび上がる奇跡の登山行、全記録。
★ハッとしてグッとポイント★
記録のためか、それとも自分のためか。
限界の先へ挑み続ける孤高の登山家、山野井泰史のその答えを探す。
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